ケーキ制作中
明日は休日。
教会で、「ドリーム・ワーク」という
新街道建築にむけて夢を語ってみようという催しがあるので
今、ちょこっとケーキを焼いている。
倫太郎のおやつに、と思って作った
さつまいものレモン煮が冷蔵庫に残っていたので、
それをさいの目に刻んで、
パウンドケーキの生地に混ぜてみた。
トッピングとして、
アーモンドスライスを飾ろうかどうしようか
考えていたんだけど、やっぱりそれはやめて
今回はスライスレモンを甘煮にして
乗せることにした。
見た目はばっちりなんだけど、
はたして味の方は。
「だるまちゃんとてんぐちゃん」
っていう絵本、知ってますか?
すっごい面白いんだけど。
実はこの本のこと、
子どものころから好きだったんで なんだか思い入れが強く、
倫太郎が全然欲しがらなかったにもかかわらず、
ゴーインに買い与えてしまったのでした。
で、しばらくは(ああやっぱり・・・)という感じで
見向きもされなかったのですが、
この面白さをぜひ理解して欲しいという 親の一心で
何度かさわりを読んでやったところ、
いつのまにか倫太郎自身、
あの強烈なキャラが忘れられなくなったみたいで
「だるまちゃんとてんぐちゃん、読んでん」
と 日に何度も持ってくるようになりました。
しかし。
よく、こんな本 出版したよなあ。
礼拝は楽しくて
近頃、献身について
漠然と考えたりすることがある。
憧れがあるのだ。
ま、結婚が気になってはいるけど、
なんらかの行動に踏み切れるほどの強い思いや
それらしい相手のいない
適齢期の女性の心境ってところかな。
いやいや、つい
献身なんていう大それた言葉で表現しちゃったけど、
要は いつも神様の臨在の中にいたい、
ということなのよ。
つまり、献身者として伝道したい! 仕えたい!
・・・とかいうことじゃなく、
単に自分が恵みを�犲�けたい�瓩世韻箸いΔ�、
神様のそばにぴったりはりついていたいだけ、というか。
ああやっぱり、これだと
献身とは、目的とするところが全然違うわね。
なんか がっくし。
上のたとえでいくと、
私は 神様のガールフレンド止まりかなあ。
でも、今ふと思ったんだけど、
よく言うじゃない、
「結婚はタイミングだ」って。
電撃結婚しちゃうということもありうるんだよね。
あまりの急な展開に 家族も親戚も友人も
みんな腰を抜かすんだけど、
そうなっちゃって一番驚いてるのは
実は当の本人だっていう、あれね。
・・・ふむ。
いや、実際、私自身がそうだったのよ。
しかし、こうやっていつも
なんでもかんでも結婚に置き換えて考えるから、ダーリンに
「結婚するために生まれてきた女」
とかって言われてからかわれちゃうんだよな〜。
お、ケーキは無事に膨らんで、
完成した様子。
うーむ お腹すいたなあ。
メール
メールが来た。
「こっちは雷が鳴ってものすごい雨です。寒くなってきましたね。
子供さんは元気ですか。」
と書いてある。
とても、弟からとは思えない よそよそしい文面。
「子どもさん」だってさ。ぷぷぷぷ。
今日食べたもの
・朝
全粒粉パン
紅茶の香りのジャム
かぶと白菜と長ネギとベーコンと鶏手羽先のスープ
コーヒー牛乳
・間食
チョコレート
・昼
ベーコンマックバーガー
フライドポテト
オレンジジュース
アップルパイ
・夜
3色野菜と玉ねぎとベーコンのチャーハン
白菜とニラの餃子
朝のスープをピリ辛にしたもの
トマトとキュウリのサラダ
改めてしみじみ・・・
そうか。
霊の領域の問題は、
心理学では解決できないんだなあ。
とっくに分かっていたように思ってたんだけど、
なんかこう、改めてしみじみ。
赦すべき相手
さっきお祈りしていて分かったのが、
今までずっと、
「自分で自分を憎んでいた」ということ。
なんでそうなっちゃったのかは知らないけれど、
ずっと長いこと、私は
私自身を激しく憎んできたようだ。
そう気がつくと、
いままでの人生の中での
さまざまなできごとや
さまざまな方向性に合点がいくような気がしたりして。
私は、嫌いで嫌いで仕方がなかった「私」を
赦すことにした。
祈りの中で、喜んで、
その罪をイエスさまに引き渡した。
きっと、そのうち
自分を憎んでいた、というその感覚を
思い出すことさえ
できなくなることだろう。
今日食べたもの
・朝
トースト
ピーナッツバター
牛乳
・昼
鶏肉と長ネギ入りのカレー南蛮
・夜
ご飯
石狩鍋
(白鮭・わたりがに・帆立貝・白菜・人参・エノキダケ・ネギ・ほうれん草)
今日のお手伝い
・ママがたわしで洗ったお皿を、
受け取ってゆすぎ、食器立てにそーーっと入れる
・お米をといで、お釜のスイッチを入れる
・冷凍庫から餃子を出して袋を開け、ひとつずつママに渡す
今日食べたもの
・朝
ホットケーキ コーヒー牛乳
・昼
若鶏のおろし和え弁当 ヨーグルト
・おやつ
プチシュー コーヒー
・晩
豚肉と白菜と人参とほうれん草のお好み焼き 胡麻おにぎり
今日食べたもの
・朝
全粒粉パン
ハムとレタスとトマト
紅茶のジャム
白菜とほうれん草と鶏肉の中華風スープ
コーヒー牛乳
・昼
イカげその天ぷら入り 焼きうどん
・おやつ
アップルコンポート入りかぼちゃのケーキ みかん
・夜
豚肉としめじとレタスとニラのジャージャー丼
レンコンと長ネギの甘辛煮
ほうれん草とかぶと白菜の味噌汁
アダムに属するものから、キリストに属するものへ・・・
実は、水曜日の夜、
ひとりでお祈りしながら泣いていました。
突然ハッキリ分かったんです。自分が罪人だってこと。
罪人がふたりで子育てしてたのかと思ったら、
心に鳥肌が立つようで、
泣けて泣けてしかたありませんでした。
子どもを産むまでは、
自分がこんなに罪深いなんて知りませんでした。
いや、子どもを産んでからも、気がつかなかったんです。
そのときまで。
一生懸命に子育てしている自分が好きでした。
子どもには、言葉に気をつけながら接していたし、
よく祈り、よく考え、よく諭し、
衣食住から しつけ・教育に至るまで
けっこうがんばって子育てしていると思っていました。
そして、自分のいい面を見つけながら、
落ち込みそうになる気持ちを励ましてきました。
でも、分かったんです。
愛しているだの賜物だのと言いながら、
私は子どもより自分が大事なんだっていうことが。
自分が、子どものせいで思うように生きられないと感じるとき、
ささいなことでも無性に腹が立ってきて、
子どもの人格を、態度や口調で
思いっきり踏みにじっているのです。
それが、毎日です。
どんなに子どもが傷ついているのかと思うと、
恐ろしくて、心が震えます。
子どもと向き合っていると
ときどき心が滅入って仕方なかったのですが、
それは自分の罪から来る
良心の痛みだったのだ・・・とハッキリ分かりました。
クリスチャンになる前に、
私はめっちゃくちゃに自暴自棄な生活をしていたので、
世の中にある「悪いこと」も
それなりにたくさん経験しました。
でも、それはすでに悔い改めることができたし、
もちろん今はもうしていないし、
嫌な思い出が心に残っているくらいで、
それはまあ仕方ないよね・・・、
くらいに思っていたんです。
そんなわけで、罪っていうと、
万引きとか薬とか不倫とか暴力とか酒・タバコとか
嘘とか妬みとか憎しみとか人を陥れることとか、
そういうものを想像していました。
でも、自己中心的に生きたいと思う気持ち、
それこそが 他者を・・・いいえ、
自分の血を分けたわが子をこれほどまでに損ない、
そして神の一人子を十字架に磔にするような
恐ろしい罪だったとは・・・
愕然としたのでした。
しかも、この性質は
私そのものとも言えるほど根深いがゆえに、
自分の力ではどうしようもないと思われました。
そして、
「あなたはまだ、自分の罪と
血を流すほど戦ったことがありません」
とかいう御言葉があったのも思い出しました。
−−−−−
こんな自分のために祈って欲しいと思い、この話を
非常にせっぱ詰まった気持ちで
ペトラクラブの関根先生にメールしたところ、
以下、こんな返事が返ってきました。
*******
(前略)重要な告白を聞かせていただき、
私も厳粛に受け止めています。
確かに罪という言葉は「犯罪や嘘や高慢」など
実際に外側に表されるものとして
教えられていることが多いですが、
実は、私たちが生まれたときからすでに心の中にしっかり存在する
「的外れ」「自己中心」な思いそのものが
罪なんだと思います。
つまり、何かやったから罪人なんじゃなく、
罪人だからそういう実を残してしまう。
聖書では「In Adam」という表現で言い表しています。
アダム家の人間というような意味です。
アダムに属する人間です。すべての人間が
そういう立場で生まれているわけです。
もう、根源的に存在自体が「罪人」なんです。
存在自体が「神の敵」なんです。
それは努力や修養やがんばりでは、どうすることもできません。
ちょうど日本とアメリカで戦争を始めたら、
どんなにアメリカが好きな日本人でも
敵になってしまうのと同じです。
アダムに属していたら、どんなに神様のことが好きでも、敵なのです。
だからこそ、イエス様を信じることによって、
イエス様の身代わりの死で
「あがない」「赦し」が宣言されていることは
すさまじい祝福なのです。
「だれでもキリストのうちにあるなら・・・」という言葉がありますが
「In Adam」という立場の人間が
イエス様を信じることで「In Christ」という立場をいただくのです。
つまり今までは、すべてアダムに属していた私が、
イエス様を信じることによって
その十字架によるあがないによって
「キリストに属する」という立場と祝福をいただけるのです。
それこそが罪の赦しの本質です。
残念ながら肉体はアダムに属して居たときのままですから、
おもわず「罪」に向かう傾向はあるのですが、
所属が変わっているので、
「罪を罪としてうなずき、それを悔い、それをイエス様のもとにもっていく」
ことが赦されているのです。
仕草が変わる前に「立場」が変わっているのです。
やがて仕草も変えられる日が来ると思います。
ある意味で のこちゃんが経験していることは、
「In Christ」キリストのうちにある人間としては大変重要なことであり、
また成長のために絶対通らなければならない
「気づき」なのだと思います。
こういうことを繰り返しながら「成長」するのだと思います。
大事な気づきです。聖霊が教えてくださる気づきです。
ぜひ、自分を責めるのではなく、赦してくださっているからこそ、
気づかせていただいたのだと信じて、神様に感謝してくださいね。
すでに赦されているのです。赦しが先行しているのです。
恵みが先行しているのです。
つまり、神様は のこちゃんを責めるために気づかせたのではなく、
愛しているからこそ、赦してくださっているからこそ、
気づかせてくださったのだと思います。
とても正常な、とても新鮮な、そして厳粛な気づきだと思います。
詩篇51篇を贈ります。(後略)
*******
以上ですが、先生は、こんなふうに
私の突然の告白をあますところなく受け止め、
さらに、今の私にとってとても大切で的確な、
教えと励ましをくださったのでした。
−−−−−
あの晩から、神様が私の中から、
子どもに対する罪深い思いを
取り去ってしまったように感じています。
心から悔い改めて、祈りの中でイエスさまに罪を差し出したときに、
やっぱり神様は私を変えてくださるんだなあと思いました。
以前にもいちどだけ
(恥ずかしいことに、いちどだけなのですが)
そういうことがありました。
本当にもう大丈夫かなあ、また元に戻ったりしないかなあと
おそるおそる歩いている感じではあるのですが、
なんだか、「主にある自分」というのが
とても誇らしく、嬉しいです。
自分は罪人だ、という自覚を伴ったクリスチャン生活は、
とても幸せだということも分かりました。
100%罪人なのに、100%赦されている・・・
天国と地獄を両方いっぺんに体験しているようで、
あまりうまく言えませんが、
なんだかとても不思議な気分です。
今まで、原罪という言葉が理解できなかったのですが、
「In Adam」「In Christ」という説明を受けて、改めて、
そういうことだったのか・・・と納得しました。
そして、先生が私に贈ってくださった詩篇の中の、
> ああ、私は咎ある者として生まれ、
> 罪ある者として母は私をみごもりました。
という、ダビデの叫びの意味も、理解できました。
ああ、本当に、罪咎のない人などいなかったのです。
本当に、イエスさまは
すべての人のために十字架にかかって死んでくださったのです。
心の中に、みことばの一節がうかびました。
「だれでも、キリストのうちにあるなら、その人は新しく作られた人です」
だれでも。だれでも。だれでも、なんだ・・・
いやあ、すごいなあ・・・
−−−−−
そんなことがあった翌朝の木曜日は、
教会で婦人会があったのですが、そのとき、
「あるとき、(自分は罪人だ・・・)とはっきり分かって
落ち込んだのだけれど、立ち直ったそのあとから、
魂に対する重荷が心に与えられるようになって、
自分がどんどん変わってきた」
という姉妹の証しを聞き、
そのタイミングの良さに神様から私への励ましを感じ、
感動と感謝を覚えました。
神様がおられるということに
改めて、深い安堵を感じています。
今日食べたもの
・朝
鶏団子とほうれん草と白菜とねぎと卵とエノキダケの雑炊
・昼
ハヤシライス
コーンとキャベツとワカメとカニのサラダ
・おやつ
ブルーベリーフレーバーのコーヒー
チーズケーキ
・晩
カレー南蛮
交わりからのメモ 1
日常生活において何か問題が起こったときに、
「罪のために、神が私を裁いているのだろうか」
という方向へは、
なるべく考えないほうがいい。
たしかに、旧約聖書にはそのような事例はあるが、
神が私を裁くという考えにはサタンが働きやすく、
それにとらわれると、
不必要に落ち込んでしまったりしやすい。
そのような考えに対する「見分け」が必要。
交わりからのメモ 2
消極的な器は、神様は用いることができない。
神様は紳士な方だから、
しりごみしている人間に対して
なにかを無理強いするようなことはなさらない。
しかし私たちは、本来、
神様によって、積極的な存在として造られているもの。
神様によって、すでに勝利しているもの。
今日の倫太郎
今朝 生協の配達で届いた、
「しろくまちゃんのホットケーキ」という絵本に
早速はまってしまった様子。
しろくまちゃんちの冷蔵庫にはビールが入ってるよ、だとか、
ホットケーキのタネをフライパンに流しいれたら
ちゃんとふたをしなくちゃいけないねえ、とか、
変なところにチェックを入れながら
何度も何度も読んでいる。
「だるまちゃんとてんぐちゃん」では、
�爐瓦瓩鵝△瓦瓩鵝�これは、おおまちがいのとんちんかん��
という だるまどんの台詞がお気に入り。
それから、だるま一家総出で
おもちをついて鼻をこしらえるシーンも好きで、
ここにさしかかると、
倫ちゃんもお鼻作るねーと言いながら
おもちをこねてママの顔にくっつけるふりをし、さらに
トンボ来たよーと言って 鼻先に止まり、
ママに捕まえられるのを待つ、という
ゴッコ遊びに突入していた。
そうそう、以前は いつも
私が知恵を絞って「遊ばせてる」って感じで疲れたんだけど、
最近は、倫太郎に想像力がついてきたようで、
ひとつのあそびから次のあそびへと
どんどんイメージを広げていくので楽しい。
ゴッコ遊びもその一つ。
恵嗣郎に話し掛けたりしながら一緒に戯れ、
私がいなくても、ふたりでおおいに盛り上がっていたりする。
今日の倫太郎
今朝 生協の配達で届いた、
「しろくまちゃんのホットケーキ」という絵本に
早速はまってしまった様子。
しろくまちゃんちの冷蔵庫にはビールが入ってるよ、だとか、
ホットケーキのタネをフライパンに流しいれたら
ちゃんとふたをしなくちゃいけないねえ、とか、
変なところにチェックを入れながら
何度も何度も読んでいる。
「だるまちゃんとてんぐちゃん」では、
�爐瓦瓩鵝△瓦瓩鵝�これは、おおまちがいのとんちんかん��
という だるまどんの台詞がお気に入り。
それから、だるま一家総出で
おもちをついて鼻をこしらえるシーンも好きで、
ここにさしかかると、
倫ちゃんもお鼻作るねーと言いながら
おもちをこねてママの顔にくっつけるふりをし、さらに
トンボ来たよーと言って 鼻先に止まり、
ママに捕まえられるのを待つ、という
ゴッコ遊びに突入していた。
そうそう、以前は いつも
私が知恵を絞って「遊ばせてる」って感じで疲れたんだけど、
最近は、倫太郎に想像力がついてきたようで、
ひとつのあそびから次のあそびへと
どんどんイメージを広げていくので楽しい。
ゴッコ遊びもその一つ。
恵嗣郎に話し掛けたりしながら一緒に戯れ、
私がいなくても、ふたりでおおいに盛り上がっていたりする。
今日食べたもの
・朝
ホットケーキ(プレーン&かぼちゃ)
牛乳
・昼
フレッシュバーガー
フライドポテト
オレンジジュース
・おやつ
ノニ・ジュース
・夜
ご飯
うどんすき
(油揚げ、車海老、いわしのつみれ、鶏肉、白菜、大根、人参、ほうれん草)
ハムとレタスとキュウリとプチトマトのサラダ
今日食べたもの(11/17)
・朝
中華風炊き込みご飯
牛肉と蒟蒻とネギと人参とかぶの韓国風スープ
・昼
ご飯
麻婆豆腐
ニラ玉スープ
・夜
ご飯
ビーフシチュー
ブロッコリーとトマトのサラダ
今日食べたもの(11/18)
・朝
ソーセージとジャガイモと人参とブロッコリーのシチュー
全粒粉パン
コーヒー牛乳
・パパ 昼(お弁当)
ご飯
ひじきふりかけ
ブロッコリーの塩茹で
粉ふき芋と人参
イカのパン粉焼き ガーリック風味
卵焼き
・ママ&倫 昼
若鳥のピカタとトマトピラフ弁当
ヨーグルト
・夜
ほうれん草と卵と長ネギと白菜と人参のおじや
スパゲッティミートソース
朝のシチューをリメイクしたドリア
レタスとキュウリと人参のサラダ
パン
今日食べたもの(19日)
・朝
ほうれん草と白菜と人参と卵のおじや
・昼
ご飯
牛肉と蒟蒻と長ネギと人参と大根とニラの韓国風スープ
大根と帆立貝のサラダ 胡麻マヨネーズ風味
レンコンと里芋と牛肉の煮物
水餃子
・おやつ
えびせん
じゃこせん
おせんべい
みかん
かるかん
・夜
ご飯
お昼のおかずの残り
味噌煮込みうどん
寝返り
恵嗣郎が最近、寝返りの準備をはじめている。
自分の左手を右手で引っ張るようにして、
右のほうへコロン・・・。
気がつけば、はや生後3ヶ月。
すっかり首もすわってしまったようだし、
よくおしゃべりするし、赤ちゃんて、ホントに
あっという間に成長しちゃうんだなあって 驚いてしまう。
さっき、ファイルを整理していたら、
倫太郎の片言をメモしたものがでてきた。
日付は Wed, 14 Jul 1999。
2歳と1ヶ月だ。
***********
ごき、こあーーーい?~
(ごきぶりって、怖いの?)
だんしゅがいーーーの!!~
(ダンスしてるビデオが見たいよー)
めがね、いっちゃった?~
(パパは、メガネかけて会社に行ったの?)
はいう! はいう! じゃじゃじゃーーーってしゅる!~
(入る、入る! 倫ちゃんも一緒にシャワー浴びたいよー!)
あかちゃん、はいってゆ?~
(ママのお腹には、赤ちゃんが入ってるの?)
あめ、ふってゆ?
ままーーー。なあに?~
(ママー、って呼んだら「なあに?」って返事してね)
ままーーー。がーーーーっこ。~
(抱っこして)
ままーーー。かぁいい♪~
(ママ、かわいいねえ)
***********
言葉らしいものは、これでほぼぜんぶ。
・・・ああ、あのころって
ホントにこんなことしか話せなかったんだなあ。
それが今じゃ・・・↓
***********
しーましぇん。
ママ、こっちのきいろい お椅子、すわってくらさい。
倫ちゃん、こっちのあおいざぶとん、いいの。
(ママ、すみませんが、
こちらの黄色い木の椅子のほうへ座ってもらえませんか。
私は、いまあなたが座っている
青い座布団のついた椅子が気に入っているのです)
EMドアをあけたしゅんかん、あっとおののきました・・・・
※これは寝言↑
(ドアを開けた瞬間、「あっ!」と驚きました。)
♪げーんこーつやーまのぉ、たーむきーしゃんー、
だっこ、ちーて
おんぶ、ちーて
げっぷ、ちーて
うんち、ちーて・・・
今日食べたもの
・朝
クリームパン
牛乳
・昼
ご飯
飲茶鍋(点心5点、中華麺、白菜、人参、長ネギ)
・おやつ
チーズケーキ
日本茶
・夜
ご飯
秋鮭のハラス
レンコンの肉詰めフライ
大根と人参とネギと白菜の豚汁
はふー
ちょっと悩み事があって
寝不足気味。
自分とまったく性質の違う人を受け入れるって
ホント、難しいなあ。
お経?
♪ごーりゃーいっせんぺんぱんぽん・・・
♪ごーりゃーいっせんぺんぱんぽん・・・
♪ごーりゃーいっせんぺんぱんぽん・・・
♪ごーりゃーいっせんぺんぱんぽん・・・
倫太郎が連日、お経のように唱えているこの言葉。
よくよく聴いてみると、
どうやらクリスマスソングらしい。
(♪グローリア インエクセルシスデ オ・・・)
今日食べたもの
・朝
焼き立ての菓子パン
コーヒー牛乳
・昼
あんかけ焼きそば
(イカ・豚肉・白菜・人参・ピーマン・長ネギ・もやし)
・夜
ご飯
あじの干物
レンコンの肉詰めフライ
大根と長ネギと人参と白菜の豚汁
・夜食
ビスケット
今日食べたもの
・朝
クリームパン
金時豆のデニッシュ
牛乳
・昼
ビーフストロガノフ
コーヒー
・夜
鶏鍋(白菜・人参・ネギ・うどん・湯葉豆腐揚げ・春菊入り)
チーズケーキ
なんでなの?
「なんかさ、いいことをして誉められたいっていうより、
悪いことをして叱られたいって感じだよね」
と、パパがぽつり。
説明するまでもないと思うけど、これはもちろん、
倫太郎のことを指しての発言なのだ。
そうそう、そうなんだよね。
今日も、教会にいるときに、
ママがだめっていうことをわざとやったり
年下の友達にしつこくイヤガラセ? をしたりしてたんで
やむを得ず おしりを3回スパンクしたんだけど、
その時の倫太郎の様子を見てたら、
なんかこう、
悪いことをして、叩かれて、泣いて、
それからきちんと謝って、赦してもらって、だっこしてもらうと、
妙に「落ち着く」みたいだったのだ・・・。
まるで、スパンクされるまでがフルコース、みたいな。
・・・へんなの。
なんで そんな愛情の求め方するんだろ?
刺激的なのかなあ?
って、それじゃあマゾじゃん。;;
「2歳児って、そういうもの?
よくわかんないんだよね」
最近、これが口癖になっちゃった。
今日食べたもの
・朝
ホットケーキ(かぼちゃ&プレーン)
人参とブロッコリーと春菊のサラダ
コーヒー牛乳
・昼
オニギリ
唐揚
フルーツヨーグルト
・夜
ご飯
鶏ささみと野菜のチーズ焼き(ブロッコリー、人参、さつまいも)
生揚げ
白菜とおかかの卵とじ
ビール
・デザート
みかん
今日食べたもの
・朝
ホットケーキ(かぼちゃ&プレーン) 牛乳 ・昼
白菜と人参と長ネギと鶏肉と卵のおじや さつまいも
・おやつ
クッキー
・夜
大根の葉とシラスとモヤシと油揚げと卵のチャーハン 人参入りポテトサラダ ブロッコリー 鶏ささみのニンニク醤油焼き 大根と長ネギと人参と白菜の豚汁
礼拝のとき
大人の礼拝の間、
子どもたちにも
静かに座っていてもらえるように
教育しようと思っている。
これって、自分のためにも、
子どもたち自身の将来のためにも
とっても大事なことだと思うようになったから。
こういうの、
ちょっと前までは、
信仰を押し付けているみたいで
すっごく嫌だったんだけどさ。
いろいろ考えた結果、
ちゃんと静かにしていたら、
帰りにジュースを買ってあげるという
単純なルールを作ることにした。
こういうやり方も、
ちょっと前までは
物で買収しているみたいで
すっごく嫌だったんだけどさ。
でも、とにかくいろいろ検討した結果、
やってみることにしたのだ。
まず、家を出る前に、
「倫ちゃん、今日、
ママが教会で礼拝しているときに
静かにしていてくれたら、
ジュースを買ってあげるからね」
と 繰り返し言い聞かせる。
倫太郎はとても真剣な表情で耳を傾け、
うん、うん、声を出しながらうなずいていた。
ちゃんとルールを理解してくれたようだ。
教会に着いて、靴を脱いでから、
もう一度同じことを言い聞かせると、
(ジュース・・・♪)
と、期待に満ちた様子で私のそばを離れ、
子どもたちだけで遊びはじめた。
結局、礼拝中
何度か大人の部屋へ来て
絵本や抱っこを小声でせがんだのだけど、
いつものように、
金切り声をあげて言い張ったり、
悪ふざけをして走り回ったりすることはなく、
ゆっくりメッセージに耳を傾けることができた。
はっきり言って、
夢のようなひとときだった。
・・・幼子に食欲と理解力を与えた主はほむべきかな。
ごほうびを与えるのは、
いいことをしたすぐ後、というのが原則なので、
帰り際に、教会から一番近いコンビニに立ち寄り、
「今日は、礼拝のとき
静かにしていてえらかったねーー。
ママとってもうれしかったよ。
いい子だったから、ジュースを買おうねーー」
としつこいほどに言って、
棚に並んでいる小さなパックの中から
好きなのを選ばせ、
飲ませてあげた。
そしたらもう、大喜び。
単にジュースが飲めたから、というより、
「いいつけを守ると報酬がもらえる」
というシステム自体が面白くて興奮したみたい。
しばらくはこの方法でやってみよう。
今日食べたもの
・朝
パン
クリームシチュー
(鶏骨付き肉・玉ねぎ・ジャガイモ・ブロッコリー・人参・キャベツ)
・昼
中華丼
・夜
かき揚げうどん
(かき揚げ・モヤシ・卵・油揚げ)
おもらしについての考察
昨日は雨が降ってたので、
誰も来そうにないのをいいことに
一日中 布団を敷きっぱなしにして、
だらだらごろごろしてたのね。
そしたらさ、倫太郎のおもらしが治っちゃったの。
1時間ごとにトイレに連れてってても
駄目なときがあったのに、
昨日は
「しーしーでない」
の一点張りで、
結局6時間半も我慢してたのに 大丈夫だったので、
なんだかびっくりしちゃった。
布団の上で過ごしてるわけだし、
ここで漏らされたらかなわないやと
こっちはヒヤヒヤしてたのにね。
私がいつものように家事につっぱしらないで
倫太郎のそばにいたのが
良かったのかもな。
「ちょっと待ってね」
っていう常套句、
昨日は一度も言わなかったもんなあ。
そういえば、
切迫早産で似たような状況にあったときも、
倫太郎だけは結構シアワセそうにしてたのよね。
おもらしするのは
精神的なものが大きいから怒っちゃいけない、って
俗にいうけど、あれ、ホントなのね。
ふむ。
これからもっと気をつけよっと。
一年前の日記を読んで反省
過去日記を読んでいたら、こんなのがでてきた。
自分で書いたのに、全然忘れちゃってるなあ。
なんか、新たに教えられることばかり。
−−−−
11月8日(日)● 子どもたちは主の賜物
今日は、世間では七五三のお祝いが行われている日。
教会でも、キリスト教にのっとって「幼児祝福式」が捧げられ、
礼拝メッセージも、
「子どもたちは主の賜物である」というタイトルで語られた。
メッセージの中で印象的だったのは、5つのAというもの。
子どもに接するときの大人の態度としては、
以下のようであることが望ましいと教えられた。
・acceptance・・・(受容)
・appreciation・・(評価)
・affection ・・・(愛情)
・availability・・(有用)
・authority ・・・(権威)
「子どもには、愛を持って接し、よく教え、しつけなさい」と
聖書の中で繰り返し語られているが、これは、具体的には、
子どもの存在を尊いものとして丸ごと受け入れ、評価し、愛情を注ぎ、
子どもの益となるようなこまごまとしたことに時間を費やし・・・
そして、叱るときにはきちんと叱って親としての権威をしめしなさい、
ということらしい。
ただし、はじめの4つのAが揃って、
はじめて5番目のAを行使してよい、ということだった。
ふうむ。
かの有名な福沢諭吉は、こんな言葉を残しているそうだ。
「かわいくば 5つ教えて 3つほめ 2つ叱って よき人とせよ」
−−−−
5つ教えて、かぁ・・・・。
いいこというなあ。
近頃の私、倫太郎に対してはものすごく厳しくなってて、
「1つ教えて 2つほめ 7つ叱って よき人とせよ」
って感じだったもんね。
一方では、恵嗣郎に対して
「5つ飲ませて 2つ抱き 3つあやして よき人とせよ」
と、こんなふう。
どうも倫太郎の様子が暗くて変だと思った・・・
めちゃめちゃ反省・・・
以上、18日分です。
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