パンってけっこう難しいのね
いつも焼いている ふわふわぱんだけど、
きちんと温度計を使わずに、見当でイーストを発酵させ
しかも、手を使わずに機械でこねているせいか、
思うように仕上がらないことも多い。
よくあるのが発酵過多で、
アルコール臭とでも言えばいいのか
ちょっと むっとくる感じの変なにおいが
パンについてしまうことがある。
トーストしたり、フィリングをつけたりすれば
食べられなくはないけど、やはりこうなってしまうと
なんとなく がっかりしてしまう。
倫太郎語録
(手を洗いながら)
あぶらとせっけんは なかよしだから、
てをつないで いっちゃったよ。
倫太郎語録 2
(クッキーを作りながら)
バターが「さむいさむい」って いってるから、
はやく ようふく(小麦粉のこと)を~
きせてあげようねえ。
倫太郎語録 3
あ、なおこおねえちゃん。
こんど、また、ゆっくり。しぶやでね!
(教会の玄関で、バイバイしながら。
「こどもの城」に行くという約束を思い出したらしい)
M幼稚園に決定
今日は、M幼稚園の面接日。
倫太郎は、うきうきしている様子。
初対面の子たちといっしょに ところせましと駆けずり回り、
先生にも親しげに話し掛けている。
公園などで見かけたことのある子供たちや
親しくしていたお母さんたちも ちらほらいて、
あんまり緊張感はない。
神様は、ここで、
私に何を語ってくださるのだろう。
遣わされていく私
こんな夜中に、ユンケルを飲んで日記かいてる私って・・・ ま、いいか。
あそこに遣わされていくんだなあ、という思いが日に日に強くなっていく。なに がって、M幼稚園のことだ。今まで、自分から「伝道したい」と思って、実際に そういうアプローチをした相手はたくさんいた。でも、今回のはちょっと違う。 伝道したいとかじゃなく、「ああ、あそこで出会う人たちのために遣わされてる んだなあ、心細いけど、祈らなくちゃなあ」みたいな、受動的で感慨深い思いが しみじみと沸き上がってくるのだ。それに、特定の個人に対して、というより、 特定の地域に対して遣わされてる、っていう感じ。
そもそも、ここは、倫太郎を行かせたい幼稚園じゃなかった。でも、神様ははじ めから「ここですよ」と語っておられた。それがすごくいやだった。疑いもあっ た。結局、祈りに祈ったけど毎日迷い、悩み、あちこちに見学に出かけ、いろん な人に相談し・・・。で、最後は、とうとう倫太郎自身にどこがいいか選ばせ、 加えて友達のTくんの動きとかも見ながら「やっぱ、導きはここなのか・・・」 という結論にいたったのだった。
なんでT君が関係するのかといえば、それは、T君一家に対しても、自分は「遣 わされている」という意識があるからだ。かつて、公園デビューというものがな かなかできなくて、「倫太郎のためにも友達がほしいです・・・」とつぶやくよ うに祈っていたとき、向こうから声をかけて来てくれたのがT君のママだった。 今まで会わなかったのが不思議なくらい近所に住んでいて、T君は倫太郎と同 級、その弟のS君は恵嗣郎と同級、なーんてこともあり、すぐ打ち解けることが できた。そして、不思議なことに、T君は、公園では喧嘩ばかりでどんな子とも 一緒に遊べないのに、なぜか倫太郎とは気が合うらしく、お互い楽しそうに過ご しているのだった。
で、戻って、幼稚園の話。
ここに詳しくは書けないのだけど、神様は、いろいろしり込みする私に「心配す るな」と言った。「私が語ったとき、私が語ったやりかたで、あなたの網を下ろ しなさい。難しいことではないんだよ。特別なことではないんだよ。だって、あ なたがこれまでずっとしてきたことをするだけなのだから。私はあなたを、人間 を捕る主婦にしてあげようと言ったでしょう。収穫は多いよ。とても立派な魚を 153匹。大漁だ。」
網を下ろすって、どうすることなんだろうなあ。
倫太郎が一人でできること
カレンダーや時計をよむ
ひらがなを書く
子供部屋に掃除機をかける
脱いだものを洗濯そうにいれる
手を洗ってタオルでふく
トイレでうんちやおしっこをする
洋服を脱いだり着たりする
卵を泡立てたり、粉を入れて混ぜたりする
パン作りの道具を全部用意する~
米を磨いでスイッチを入れる
めいめいのお皿やお箸を並べたり、コップに氷と水を入れたりする
食前のお祈りをする
お皿のおかずをたいらげる
歯を磨く
一日1、2時間くらい歩く
「ありがとう」「ごめんなさい」などという
理解できないとき、説明を求める
うどん
ゆうべ、恵嗣郎が熱を出していたので、
今朝は、パパと倫太郎だけが教会に出かけていった。
残念だったけど仕方ない。
黙々と家事をかたづけ、
その合間を見て祈るほかは、
一日中だらだらとつまみ食いしていた。
パパたちが帰ってきた時には、まだ5時前だというのに
わざわざ2人前のうどんを作って、
恵嗣郎を抱えながらすすっていた。
なんか私、・・・今日はどうかしてたのかも。
ピタパン
子供たちが寝静まったところで、パン作り開始。
生活のためにやってるんじゃなくて、
ストレス解消のためにやってる感じだなあ。
ここのところずっと
朝食やおやつに活躍していた ふわふわぱんは、
とても簡単で美味しいのだけど、その分
材料が贅沢で、値段もカロリーも高くついてしまうので、
たまにはシンプルなのにしようかなあと思って
ピタパンを焼いてみることにした。
機械じゃなくて、手ごねだ。
人肌でふかふかの生地を手のひらでごしごしやっていると、
なんだかとっても気持ちよくて、
無我の境地になる。
一次発酵だけで整形して焼くピタパンは、
思いのほか簡単にできあがり、
ナイフで二つに切ってみたら、
中もちゃんとポケット状になっていた。
明日は、いつものシチューに
これを添えてみようかなあ。
いじめについて
いそよさんの「おばかエッセイ」に
いじめの話が出ていたので、ちょっと思ったこと。
いじめについて語られるとき、必ずといっていいほど
「いじめられる側にも問題があるのでは」とか
「いじめる側の心の闇にも、十分な共感を示す必要がある」
というような視点が提供され、論議がなされることがある。
しかし、あれって、
一見、中立的で正論であるかのように感じられるが、
実はまったくそうではないのではないか・・・と
最近考えていた。
そういう発言の裏には
「理由があれば、いじめてもいい」
「理由があれば、いじめを容認してもいい」
という気持ちが隠されてるんじゃないかと思う。
そういうことがあっても仕方がない、というような
第3者的空気だ。
でもそれはおかしくないか?
私はおかしいと思う。
まったく間違ってると思う。
この世の中に、いじめられていい人なんて、一人もいないはずだ。
いじめる人は、結局のところ、
どんな理由でもつけて、誰かをいじめたいんじゃないかな。
罪の快楽を味わう楽しみを放棄したくないんだよね。
でも、こうやって書いている一方で、
私の中にも、はっきりと、
こういう認めがたい性質があるのを感じるんだよなあ。
あげまん
いい言葉なのか、悪い言葉なのか知らないけど、
神様が、私に対して願っているのは
霊的な意味で「あげまん」になることらしい、
ということが判ってきた。
知ってる芸能人のイメージでいうと(←なぜだ)
中村玉緒である。(←だからなぜ)
以下、私が個人的に受け取っている
預言と思われるもの。
********
壊すことは簡単だが、
建て上げることには、とても大きな力が要る。
でも、わたしはあなたにそれをしてほしいのです。
祈りにおいて、足を踏ん張り、
忍耐を持って、神の御前に夫を持ち上げなさい。
まず、家庭です。
それがあなたの土台になります。
まだ出ていってはなりません。
祈りにおいて、しっかりと揺るがない
土台としての家庭を築くのです。
それから、あなたの働きが始められます。
わたしははじめに、あなたを
あなたの家族のために召しました。
祈りにおいて、あなたの足を踏ん張り、
忍耐を持って、神の御前に夫を持ち上げなさい。
それが、わたしのあなたに対する願いです。
彼をかばい、彼のために神にとりなして、
熱心に、熱心に、訴え続けなさい。
しかし、そのようなあなたの妻としての立場も、
ただ恵みによって
神から与えられているものであることを
覚えておきなさい。
自分の祈りによって
高慢にならないように注意しなさい。
あなたがモーセのような態度を持って
祈りによって夫を持ち上げるとき、
主であるわたしがあなたを支えるでしょう。
倫太郎語録
にんげんは、どうして
あしがふたつしかないの?
じどうしゃは、よっつあるのにねえ。
りんちゃんにも、
まえにふたっつ ついてたら、
ががががーーーって、はやいのにねえ。
倫太郎語録 2
あのトラックは、
ごはん いーーーっぱいたべたから
からだがおおきいの?
え、トラックは
ごはん たべないの?
ガソリンが入ってるから?
どぉぉぉぉぉして、
トラックは、ごはんじゃなくて、
ガソリンたべるのよぉぉぉぉぉ。
かみさまが そゆふうに つくったから?
倫太郎語録 3
(時計の文字盤をゆびさしながら)
ええと、
「9」に、てんてんがつくと、
「ぎゅう」。ねっ♪
今日食べたもの
・朝
アボカ丼
(アボカド、だし巻き卵、カイワレ、海苔)
・昼
クリームシチュー
(ニンジン、たまねぎ、ジャガイモ、鶏肉)
イングリッシュマフィン
コーヒー
・おやつ
スコティッシュ・ショートブレッド
紅茶
・夜
ごはん
いわしの梅味噌煮
ポテトサラダのチーズ焼き
レンジでチンしたかぼちゃ
(じゃがいも、白インゲン豆、金時豆、枝豆、チーズ)
カルビクッパ
明日のメモ
お弁当は
・わかめごはん
・ほうれんそう入り だし巻き卵
・アスパラとベーコンのソテー
・レンコンのきんぴら
・サツマイモのマーマレード煮
神にとって価値あること メモ
�� 神への献身
�� 人類への愛
�� 権威への尊敬
�� 神の戒めへの従順
�� 自己訓練と自制
�� 心の謙遜
神は、
私たちがもっとも価値あることとするものを
実際には嫌われる。
というのも、
ほんの短い間しか所有できないものを
私たちが礼賛する誤りを見ておられるからである。
「人間の間であがめられる者は、
神の前で憎まれ、嫌われます。」ルカ16:17
これらの価値観を身につけると、子どもは、
さまざまな機会を積極的に求めて出て行くように
励まされたものとなる。
神の原則は、
人間の価値に対して神経症になったり、
絶望したりすることなく、
心情的、身体的な健康へと導いていく。
「あなたの子どもたちはみな、主の教えを受け、
あなたの子どもたちには、豊かな平安がある。」イザヤ54:13
(「子どもを伸ばす育てかた」
ジェームス・ドブソン著/いのちのことば社 より抜粋)
朝の祈り
神様、今夜
倫ちゃんがお布団の中で
「ああ、楽しかった!」
と言って眠ることができますように
今日の一日を
あなたがともにいて
豊かに豊かに祝福してください。
むしばきんごっこ その1
「はやく、おかし、こないかねぇ〜♪」
「来ないかねぇ〜♪」
「ずーっと、ここで、まってようねぇ〜♪」
「待ってようねぇ〜♪」
「むしばきんって、たのしいねぇ〜♪」
「楽しいねぇ〜♪」
「ほら、あなをほってるよ、ずぐずぐずぐ・・・」
「ずぐずぐずぐ・・・」
(パパとふたりで、幸せそうに布団の中にもぐっていく。)
かみさまのはなし
倫太郎が相手だと、
神様の話がすらすら出てくる。
たわいもない会話の中に、祝福を感じる。
「ねえねえママ、あのさ、あのさ、
かみさまはどこにいるの?」
「神様はね、りんちゃんのそばにいるよ」
「でもさ、りんちゃんには、みえないけろ?」
「神様はね、見えないんだよ。
ママにも見えないの」
「どうして見えないの?」
「ん〜、わかんない。どうしてかなあ・・・」
「あのさ、あのさ、こころもみえないんだよ」
「え、そうだよ、りんちゃんよく知ってるねえ?」
「にちようがっこうでいってたよ。
ここにあるの。はーと。(胸を指でとんとんする)」
「ママにもあるよ、見えないけど。
ここね、ここ(胸を指でとんとんする)」
「いっしょだね〜(にこにこ)」
「一緒だね〜(にこにこ)。
あのね、お祈りするとね、
イエス様がここに入ってくるんだよ。
心も見えないけど、イエス様も見えないの」
「どうして、イエスさま、はいってくるの?」
「う〜ん、どうしてかなあ・・・」
「すきなんじゃない、ママのこと」
************
倫太郎と話していて思うのは、
彼はどうも、体験的に
神様の存在を知っているみたいだ、ということ。
信じるとか信じないとかじゃなく、
両親や友達の会話の中に出てくる、
まだ会ったことのない実在の人物(?)として、
神様を受け入れているような感じだ。
興味があるんだろうと思う。
命についてでも、罪についてでも、
全般的に、福音に関する話がとてもしやすい。
やっぱり子どもってきよいのかなあ。
♪
ダーリンよりひとあし早く、
3○歳になりました。
はっぴ ばーすでい とぅ みぃ。
今日食べたもの
・ブランチ
ごまおにぎり
豚汁(豚、ネギ、ニンジン、大根、じゃがいも)
チーズ
韓国海苔
・おやつ
ミスタードーナツで飲茶
・夜
ご飯
豚汁の残り(豚、ネギ、ニンジン、大根、じゃがいも)
ツナ豆腐(ネギ、豆腐、ツナ、インゲン)
うの花入り卵焼き
一足お先にクリスマス
今日の夕食は、鶏の丸焼き。
「丸焼き」なんていうと、
なんだか ものすごく
お金と手間がかかった料理のようにきこえるが、
実はそうでもない。
近所のスーパー安売りしていた880円の鶏に、
全体に塩コショウをすり込んで、
残りご飯で作ったガーリックピラフを詰め、
オーブンで50分焼いた・・・というだけの簡単なもの。
でも、ものすごーく美味しかった。
骨だけになった鶏は、今、
お鍋の中で茹でられて、明日のスープに変身中。
ちょっと早めのクリスマスを味わった気分。
ヴェジテールズ
倫太郎は「ヴェジテールズ」が大好き。
最近は、クリスマスのお話が出てくる巻を
繰り返し(といっても一週間に2回くらい)見ている。
警護のペンギンやおもちゃのルイが
悪徳社長を助けるために
斜面をスノーボードで滑走する場面は
スリリングでとても お気に入りらしく、
ここにさしかかると、
(いよっ、待ってましたぁ〜)という感じで
「ぎゃはははははははは」
大喝采。
可愛いけど、この声がまた
ものすごく けたたましいんだよな〜。
4次元ポケット
恵嗣郎は、胸当て付きのズボンをはいてると、
食事のとき、いろんなものを
その胸当ての中にしまってしまう。
今日は、食べている最中に
自分が使っているスプーンをしまおうとするので
「それは、やめなよ」
と言ってとりあげたら、
さも悔しそうに口を曲げて
「ぶえーーーん」
と泣いた。
危ないことであろうと、汚いことであろうと、
とにかく自分が「する」と決めていることを途中で止められると
無性に腹が立つみたいで、すぐに泣いて抗議するのだ。
でも、よく見ると涙はちっとも出ていなかった。
半分くらいは、演技なんだろうな。
倫太郎がその様子を横目で見ながら
ニヤリとして
「けーしろーくん、そんなとこに、
しまっちゃ、だめだよねぇ」
などと言うので、私もうなずいて
「そうだよねえ」
とあいずちを打ち、
「スプーンは、ご飯を食べるために使うものだからね。
これで遊ばないでね」
と諭して、恵嗣郎にスプーンを返した。
ところが、ちょっと席を立ってお茶を入れようとしたとき、
やっぱりまたスプーンをしまってしまい、今度は
目の前のチャーハンが食べられなくなったので
取り上げられたときよりも悔しそうに
「ぶえーーーん」
と泣いていた。
いっぺんしまうと、自分じゃとれないらしい。
あきれて、
「そんなところに しまっちゃうからでしょ・・・」
といいながら胸当ての奥を手で探ったら、
最初に出てきたのはコップだった。
「こんなものまでしまって」
とつぶやきながらさらに探っていたら、
次にタッパーのふたが出てきた。
その次に、小皿が出てきた。
4次元ポケットの如くいろいろ出てくるばかばかしさに、
ふきだしそうになるのをこらえてさらに探っていたら
ズボンの足のところからやっとスプーンが出てきた。
出てきたスプーンと、
鼻から笑いを漏らしている私の表情を交互に見て、
恵嗣郎と倫太郎が
「えへへへへへへへへへへへへ」
と笑った。
癒しの祈り
「どぁぁぁぁぁぁぁ!」
(足を押さえて静止するのこちゃん)
「ママ、どうしたの?」
「今、ここに、足をぶつけたの・・・」
「ふーん、そっかあ」
「んぐぐぐぐぐぐぐぐ・・・痛い・・・」
「りんちゃんが、おいのりしてくれるよ。
りんちゃんは、しんせつでやさしいからね〜」
「ありがとね、じゃ、お願いします」
(ママの足の痛いところへ、おもむろに手を当てて)
「かんしゃして、いただきます、アーメン」
「・・・? どうもありがとう・・・」
うだうだ
今日は、ほんとなら午後から
M幼稚園で移動動物園がある予定だったんだけど
雨のために中止になっちゃった。
小降りになってきたときに
ちょこっと買い物に出たほかは、
ほぼ一日中 家の中でうだうだ。
なんだかもー 無性にイライラしてしまった。
調子が出てきたのは
子どもたちが寝ているところにパパが帰宅して、
ふたりでゆっくりすき焼きを食べてから。
いただきもののお肉は美味しかった。
糖尿病
唐突だが、
内臓脂肪の量は
糖尿病の発生率に比例するらしい。
パパと自分の成人病予防のために
その内臓脂肪の量とやらを一度測ってみたいのだが・・・
誰に頼めばいいんだろうなあ?
やっぱり病院にでも行かないとだめなんだろうか。
ちなみに、糖尿病予防に有効なのは
野菜と果物、および食物繊維が多く、
動物性脂肪(不飽和脂肪酸)の少ない食事だそうだ。
お休み
今日から、インターネットはちょっとお休み。
でも、メールはチェックすると思うし、
こうして日記も書くと思うので、
傍目にはあまり変化はないかも。
今日食べたもの
・朝
くるみとドライフルーツのふわふわぱん
ソーセージとほうれんそうのソテー
コーヒー牛乳
ニンジンジュース
・昼
すき焼きどんぶり
・おやつ
チョコクリームを挟んだクッキー
・夜
ナスとトマトとインゲンのイタリアンピラフ
炒り卵
明日の用意 メモ
・済
ドライフルーツとおからのふわふわぱん(朝食)
豚細切れの味噌漬け(お弁当)
セロリとナスとピーマンと挽肉のカレー(夕食)
林檎とアマンドクレームのケーキ(きまたま工房)
・未
タルトタタン(きまたま工房)
ご飯5合(お弁当・夕食)
はじめてのおつかい
昨夜、祈っていたら語られたこと。
*************
わたしがこれからあなたを遣わして、
させようとしていることは、
たとえて言えば
「はじめてのおつかい」のような
レベルのことかもしれません。
でも、わたしは、あなたが一生懸命に
わたしの頼んだ「おつかい」をする、
その姿を見たいと願っているのです。
あなたが、ときどき道を間違えたり、
大事なものを落としてあわてたり、
時には鼻歌を歌いながら道草をして楽しんだり、
また、親切な人たちに助けられたりしながら
胸を弾ませて力いっぱい進んでいく、
その小さな姿をかたわらで見ていたいのです。
わたしはあなたを本当に愛しているから。
安心しなさい。
あなたはあなたの胸に下がっている
「子どもカメラ」の視点から世の中を見上げていますが
わたしはあなたのそばにいて、
もっと別の視点から
あなたの様子を見つめているのです。
本当にあなたに困難が迫っているときには
いつでも出て行って助けることができるのです。
あなたのすべてがわたしの喜び。
本当に、わたしはあなたを
どんなにいとおしく思っていることだろうか。
今日食べたもの
・朝
ドライフルーツとおからのふわふわぱん
プチトマトとアスパラ
コーヒー牛乳
・昼
ワカメご飯
ほうれんそう入り卵焼き
肉野菜炒め
(豚肉の味噌漬け、豆モヤシ、ニンジン、ピーマン)
・おやつ
プリン
アップルパイ
コーヒー
・夜
カレー(挽肉、セロリ、ナス、たまねぎ、ピーマン)
・夜食
クルミ入りチョコレートクッキー 紅茶
明日のお弁当
ご飯
大根の葉とおかかの炒めもの
ブロッコリーとプチトマト
シュウマイ
卵焼き
倫太郎語録 1
りんちゃんはね、かみさま しんじてるよ。
どうしてかは、しらない。
ずっとだから。
倫太郎語録 2
かみさまは、やさしいひと。
おこらないよ。
倫太郎語録 3
あのさ、あのさ、
どうして くるまには ほねがないの?
自我が主張する権利
感情を害される権利
時間を自分のために使う権利
所持品を自分のために使う権利
自己憐憫に陥る権利
自己正当化する権利
理解されることを求める権利
人を批判する権利
明日食べるもの
・朝
ドライフルーツとおからのふわふわぱん
マヨネーズをつけたアスパラ
じゃがバタ
コーヒー牛乳
・昼
ワカメご飯
えびシューマイ
のりを巻いた厚焼き卵
プチトマト
ブロッコリーのガーリック炒め
・夜
ご飯
白菜キムチ
ツナの麻婆豆腐風(ツナ、長ネギ、豆腐、ピーマン、ブロッコリー)
豚汁(豚、大根、ニンジン、長ネギ、じゃがいも、サツマイモ)
明日の予定
・午前
皮膚科(恵嗣郎・倫太郎・ママ)
耳鼻科(恵嗣郎・ママ)
・午後
小児科(恵嗣郎・倫太郎)
倫太郎語録
ママ、じゅーらん(絨毯のこと)って
しんでる?
よかったぁ。
じゃあ、ふんでも
だいじょうぶだねえ。
りんちゃんは、いきてるから
ふまないでねえ。
メーリングリストから
箴言21からの抜粋です。
21:13 弱い人の叫びに耳を閉ざす者は/
自分が呼び求める時が来ても答えは得られない。
********************************
「弱い人」という言葉は、新改訳聖書によれば、
「寄るベのない者」と訳されています。
身寄りがなく、誰もあてにする人がいないような状況の人、
本当は、私たちの周りに
そういう人がたくさんいるはずなのに、
なかなかそういう人の存在に気づかないのです。
こういう人は、必ずしも高齢者ばかりではなく、
若い人たちの中にも存在しています。
孤独な人、孤立している人、なども
その範疇に入るのかもしれません。
その人たちの叫びに耳を閉ざし、
否定し、軽蔑し、無視してしまうことがあってはならないと
聖書は警告するのです。
「叫び」に対して無視するくらいですから、
「涙」にも目が届きません。
残念ながら、教会の中にさえ、無情、非情が存在します。
そして、箴言の言葉は こう続きます。
「自分が叫び求めるときが来ても・・。」
この部分は注目に値します。
いつの日か、私たちの生活の中で、
「弱者の立場に追い込まれ、叫び声をあげる」
時があるということを、
私たちはほとんど考えていません。
かならずしも、面倒を見てもらいたいから
こうする、ああするというわけではないのですが、
いつか、自分もこんな状況に置かれるときが
あるかもしれないなあと考えることは
実は、大事なことなのだと思います。
痴呆症の方々とのかかわりを
ずっと、持たせていただいていますが、
とても他人事とは思えません。
そうそう、痴呆症の人って、
いわゆる「恍惚」の人になってしまって、
何もわからないと思われていますが、
決してそんなことはなくて、
「彼らの感情は生きています。」
ですから、軽蔑されれば落ち込むし、
うれしければにこやかになり、
元気になります。
痴呆症の人は、言葉を失い、
表現の仕方が確かに健康な人とは違ってきますが、
それでも「心の叫び」は確かにあります。
そういう声を聞ける人になりたいなと思います。
孤独な人の叫びを聞いたら、
何もできないかもしれないけれど、
せめて、笑顔で応えられる人になりたいものです。
祝福がありますように。
今日食べるもの
・朝
ご飯
豚汁(豚、長ネギ、ニンジン、大根、じゃがいも、さつまいも)
シューマイ
・昼
(パパのお弁当)
ワカメご飯
厚焼き卵 もしくは ソース卵
イカのガーリック風味
ブロッコリーのチーズ焼き
なすのごまマヨネーズ和え
(ママと子どもたち)
鍋焼きうどん
(卵、海老天、かまぼこ、ほうれんそう、ニンジン、あさつき)
・おやつ
ふわふわぱんにジャム
・夜
ご飯
大根の葉の炒めもの
ピリからツナ豆腐
今日の予定
・午前
小児科(恵嗣郎、倫太郎)
耳鼻科(ママ、恵嗣郎)
・午後
夕拝(全員)
明日食べるもの
・朝
ドライフルーツとおからのふわふわぱん
ほうれんそうと卵のコンソメスープ
コーヒー牛乳
・昼
ご飯
大根の葉の炒めもの
豚とナスとインゲンのマヨソース和え
レンコンのきんぴら
・夜
ご飯
焼き魚
ぴりから糸こんにゃく
豚汁(豚、大根、ニンジン、里芋、サツマイモ、長ネギ)
メーリングリストから
箴言29からの抜粋です。
29:17 あなたの子を諭すなら、安心していられる。
彼はあなたの魂に楽しみを与える。
**************************
自分の子どもを
諭すことができない親が増えています。
子どものわがままをしっかり受け止め、
その子の最善を考えながら諭すという
余裕を持てない場合が多いようです。
代表的なものに、
「そんなことをしたらお母さんは知らないからね」
「そんなことをすると、笑われるよ」
「もう、勝手にしなさい」
という言葉の投げ捨てがあります。
感情的には、わかるような気がしますが、
決して言葉にしてはいけないもののような気がします。
子どもの心に
「それでもいいもん」
という思いが出てくると
歯止めがきかなくなりますし、
恐怖心で縛っても、
性格的に意地が悪くなるだけのような
気がします。
感情だけで対応してはなりません。
感情的になりやすい心を抑えて、
丁寧な言葉で、
心配していることを伝えること、
愛していることを伝えること、
つまり、その子に
「いてくれてありがとう」
という姿勢を伝えることが出来たとき、
その子を諭すことが出来たと
言えるのかもしれません。
「存在を脅かすことなく、問題をしっかり指摘すること」
が大事なのだと思います。
難しいですけどね。
考えてみれば、
これは友達関係でも、
夫婦関係でも、
大人同士の人間関係でも
同じ事のような気がします。
「人間にとって最大の悲惨は、
あなたは誰からも必要ないと感じることです。
それこそが、人間にとって
最もむごい、さびしい、つらいことです。
あなたはもう必要ではない。
その時、人は倒れます。」
マザーテレサ
「いてくれてうれしいよ」
という部分を必ず添えて、
叱ることが大事なのかもしれませんね。
なんだか箴言とは関係なく
「説教」してしまいました。
すみません。
祝福がありますように。
潮時?
のこちゃんは過労でダウン中。
そろそろ卒乳させないとだめなのかも。
以上、18日分です。
[最新版]
[一覧]
[戻る]
このページはTsDiarySystemを用いて生成されています。