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きまたま日記

─── 1999年10月 ───
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1999年10月13日 (水)

♪ 気がついた

さっきお祈りしてたらふと気がついた。

私って、「完璧じゃない病」だったんだ。

−−−−

ちょっと前まで、私は歌を習っていた。
出産で辞めることが決まったとき、先生がこう言った。

「また戻ってらっしゃいよ。
そのうち、ここの集会でも特別賛美させてあげるわよ」

・・・ありがたい言葉だった。
でも、そのときとっさに私の口から出たのは

「私、うまくないんです」

っていうトンチンカンな返事だった。
先生は

�爐修鵑覆涼里辰討襪茵���
�爐任發△覆燭浪里い燭い鵑犬磴覆�ったの?
 召されてるんじゃなかったの?��

っていう顔をして、
黙ったまましばらく私を見つめていた。

−−−−

今日のお祈りの中で、なんとなく気まずかった
そのときのことを鮮明に思い出した。 そしてなんだか
一気に「附に落ちて」しまった。

ああ、私って、
完璧じゃないとだめだ、
完璧じゃないからだめだ、っていつも思ってたんだ。
そうかそうかそうか・・・

だからいつも、だれかに追い立てられているような
不安な気持ちで頭がいっぱいだったんだ。

嫁として、妻として、娘として、母として、
女として、人間として、クリスチャンとして、奉仕者として・・・
ふさわしくない部分を見つけ出してきては
「私は失格」って思ってたんだなぁ。

私には、夫には、これこれこんな欠点があるから
子どもたちがまっすぐ育てないかもしれない、
って悲観してたんだなぁ。

ナンセンス。 実にナンセンスだな。

♪ 存在する

私は倫太郎の前に「存在」していたい、
って思う。

どんなことをするときも、
何を話すときも、
倫太郎と一緒にいるときは、
倫太郎にチャンネルをあわせて
彼の前に「存在」していたいって思う。

今までずいぶん
ハウツーに忠実なだけの育児で、
心ここにあらず状態だったからな。
もちろん、一生懸命ではあったんだけど。

ほら、
神様って「ありてある」方でしょ。
私たちの前に、たしかに生きて、存在しておられる神様・・・
そこに私はクリスチャンとしての安堵を覚えるんだよね。

うまく言えないけど、
このへんのつながり、分かってもらえるかなあ。

♪ 天国のロード・ショウ

倫太郎の寝顔を見ていたら、
急にさみしくなってしまった。

この子が小さかったころのこと、
なんだかみんな忘れちゃったなあ、と思って。

もちろん、写真もたくさん撮ったし、
こうやって文字で思い出も残してあるから、
どんなできごとがあったのかは それなりに覚えてるんだよ。

でも、赤ちゃんの倫太郎が
どんなふうに動いて、
どんな表情で、
どんなことをしゃべってたのか・・・
もうどうしてもリアルには思い出せない気がするのだ。

あたりまえかもしれないけど、
私の中には、
今の倫太郎しかいないんだよなあ。

さみしいなあ。
こうやって君たちはどんどん大きくなっちゃうんだね。
泣いたり笑ったり怒ったりしている無邪気なこの一瞬は、
やっぱりどこにもとどめておけないんだね。

めそめそめそ。

いつか私が天国に行ったとき、
地上で過ごしたあのときこのときの映像を
1本の映画のように再現してみせてはもらえないだろうか。

私の頭の中からは
オーバーフローしていってしまった思い出たち、
神様がそのままちゃんと保存してくれてるといいんだけどな。


1999年10月14日 (木)

♪ 七匹の子やぎ

倫太郎は、玄関の内鍵を
閉めたり開けたりできるようになりました。
パパがでかけたあとは

「倫ちゃん、かぎ、カチャってしゅる」

と言いながら閉め、
おばあちゃんが来てインターホンを鳴らすと、
内側からカチャッと開けて

「どうじょ〜」

と言いながら�爐�ひかえなすって�瓩離檗璽困蚤圓辰討い泙后�

今日は、おばあちゃんが来る日じゃないのに、
私がシャワーを浴びてたら
「どうじょ〜」カチャ、
とやってるのが聞こえたので
だ、だ、誰がきたんだ怪しい奴か? と
慌てて飛び出したら宅配便のおじさんでした。
こっちが裸だったんで おじさんも私もおたがいびっくり。
あんまりびっくりしたんで、

「こんにちは〜、宅配便です」
「すみません、あとでおねがいします」

と別に何事もなかったかのような会話を
(裸のまま)冷静に交わしてしまいました。くー。

七匹の子やぎの話、
あとで倫太郎にしておかなくっちゃ。

♪ 言いたいことが、たくさんあるらしい・・・

りんちゃんね、 (うん) ええとね、ええとね、 (うん) りんちゃんね、 (うん) ええとね、ええとね、ええとね、ええとねー、

ええとねーー!!!

(泣く)。

♪ まねっこ2

ご飯を食べ終わった倫太郎、
ボールのお水で手を洗いながら、ぬいぐるみに向かって一言。

「ちょっと、ごねんね〜(ちょっとごめんね)」

椅子を降りて、おててをふきふき。

「はいは〜い、いま、いくね〜」

ぬいぐるみの前に立ちはだかり、
おもむろにTシャツの前をめくる。

「おまたしぇ〜♪(おまたせ〜)」


1999年10月23日 (土)

♪ 今日食べたもの

・朝

パンケーキ&ぶどうジャム
トマトとハムとアボカドのサラダ
リンゴのコンポート
紅茶

・昼食

ネギとモヤシと青菜入りのキムチチャーハン
鶏団子と人参とジャガイモと玉ねぎとブロッコリー入りのシチュー
ぴりからレンコン
高野豆腐
ビーフン

・デザート

柿
かりんとう

・夕食

ご飯
牛肉と焼き豆腐とネギとえのき茸と糸こんにゃくのすき焼き
生卵

♪ 反省

倫太郎のこと、
「掴めている」と自負してたんだけど、
実は思い違いだったみたい。

それから、
恵嗣郎が生まれるまでは
私から倫太郎に何かを「要求」することは
なかったように思うんだけど、
今はいつも
何かができることを要求している気がする。

(ママが言ってること、分かるよね。)
(ちゃんとできるよね。)
(・・・・)
(なんで分かってるのにしたがわないの!)

ああ、そういえば
今日もこの繰り返しでイライラしていた。
叱っちゃった。

ちょっと可哀相だったなあ。
一方的過ぎちゃったなあ。
ごめんね。
謝ったらゆるしてくれるかな?

倫太郎は、きっと、
私が想像してるよりずっと少ししか
私の言ってることが理解できてないんだよね。


1999年10月26日 (火)

♪ 今日食べたもの

・朝

昨夜の鶏鍋の残り汁でおじや
炒った銀杏

・昼

ピーマンと玉ねぎと卵入りのチキンライス
かぼちゃの煮物

・おやつ

リンゴとイチゴのグラタン

・夜

ご飯
白菜とほうれん草と人参と大根とネギと鶏肉のスープ
水餃子
大根の葉の炒め物
レンコンとピーマンの炒め物
ネギと人参と蒟蒻と椎茸入りの炒り豆腐


1999年10月29日 (金)

♪ あわれみ深い神様

ベビーカーを押しながら
教会へとつづく並木通りを歩いているとき、
私がいつも思うのは

(神様は、今日も私をいやして、
 楽にしてくれるんだろうな・・・)

ということ。

そうしてもらうために
私がしている努力はといえば、
ふたりの子どもを連れて、なんとか時間までに
集会の行われているその場所へたどりつこうとすること・・・
ただそれだけ。

礼拝しようとか、賛美しようとか、
自分の気持ちがそこまで信仰的に盛り上がっていなくても、
別にかまわないのだ。
とにかく行く。

たどりついても、独身のころのように
落ち着いて聖書を開き、
ゆっくりメッセージを聴きながら
感涙したり、うなずけたりするわけではないんだけど、
でも、いいのだ。

行くだけで精一杯なんだから、もうそれでいい。

教会に行けば、必ず神様に「会える」、
そしたら、今抱えているあの問題この問題は
きっとなんとかしてもらえる、
そう信じているから。

実際、
イエス様はいつも、
そういう私の がむしゃらなだけの信仰を
憐れんでくださってるように思う。

なんとかそばにたどり着いて、
後ろからほんのちょっと
彼の衣のすそに触れさせてもらっただけなのに、
私はいつも すっかりいやされて帰ってくるんだもんね。

傷ついて渇き、うちひしがれていたのに、
別人のようにすこやかでおだやかな思いに満たされて
足取りも軽く帰ってくるんだもんね。


1999年10月31日 (日)

♪ とある掲示板への投稿から

○○さんの日記、読んでるよ。
私も今、ちょうど祈っていたところです。

今週の婦人会でも、
先生のメッセージの中にこんな話が出てたんだけど、
私たちは、育児を「自分のため」にやってることが多いんだよね。
子どものため、この子の将来のため、しつけのため、といいながら
実はけっこう 自分のためにそれをやっている。
自分が世間に対して恥をかかないために、
自分がその子を通じて 将来得をするために、
自分の虚栄心を満足させるために、
・・・などなど。

私も、今までの育児を振り返れば、
(なんて自分には愛がないんだろう) とつくづく思います。
私の心の中にある子どもに対する想いの本質が
本当はどんなに暗く、醜く、貧しく、そしてすさんでいることか・・・

つきつめていったら、
本当のところは日記には書けないんじゃないかな。

かなしいかな、
血を分けた実の子に対してさえそうなんだから、
後は推して知るべしという感じだよね。
今日も寝る前に布団の中で子どもに謝り、
そして祈ってしまいました。

でもさ。
これはひらきなおりとは違うんだけど、
ある意味できっと そんなもんなんだよね・・・人間なんて。
そして、

(どうして私は、愛しているはずの子どもを
 こんな風に扱ってしまうんだろう)
(いったい、どうしたら私は変われるんだろう)
(私は・・・)

って、自分の心の中をどんどん掘り下げていっても
答えは見つからないんだと思う。

ただ神様を見つめるだけ。
神様の中に飛び込んでいって、その愛を味わい、
助けを求めることだけ。

なんだかものすごく僭越な言い方だけど、
本当にそれしかないんだなあって
最近 強く感じています。

神様がいるって知っていることの、
なんと素晴らしいことか・・・
当たり前のことかもしれないけど、
もし神様がいなかったら・・・
「自分の悟りに頼るな」って言ってくださる神様がいなかったら、
私、育児なんて絶対にできないよ。

−−−

そうそう、ついこないだまでは
自分を�犁埖圻瓩靴討い真討里海箸�どうしても赦せなかったのね。
でも、実際に自分が子どもを育ててみたら、わかったよ。
それがどんなに大変なことかっていうこと。

こんなに恵まれた環境の中で育児している私でさえ
しょっちゅう追いつめられた気分になって、
こんなに子どもを傷つけてしまうんだもの。
あの状況で生活していた親のことなんか
とうてい責められないなあって思ったんだよ。

♪ 今日食べたもの

・朝

マイタケとジャガイモと人参とほうれん草と玉ねぎのクリームシチュー
生クリームとカスタードクリームを添えたホットケーキ
牛乳
紅茶

・昼

サツマイモのレモン煮入り蒸しパン
長ネギと大根と人参入りの豚汁

・おやつ

モナカ
紅茶

・夜

ご飯
あじの干物
びんちょうマグロのたたき
レンコンとピーマンとベーコンの炒めもの
かぼちゃの煮物
大根の葉とかつお節の炒めもの
かぶの葉と油揚げと豆腐の味噌汁

♪ パパの携帯に送ったメールから

教会へいく用意のできた倫太郎が、

「�爛ぅ┘垢気沺▲◆璽瓮鶚瓩靴茲Δ�?」

と玄関から絶叫しています。
見れば、足にパパの靴をはいて、
まるでミッキーマウスみたいな格好です。
パパがいないので、今日は自分が
お出かけ前のお祈りをしようというわけです。

♪ お片づけ

明日の日曜日、
恵嗣郎の献児式に合わせて
九州から義母が上京してくるので、ちょっとお片づけ。
ちゃっちゃと終わらせたいのだけど、
すぐに息子たちからお座敷がかかってしまうので、
遅々として進まず。

それはそうと、
晴れの日ということで、
その義母から新しいスーツを贈ってもらった。
今回は、家で梱包する時間がなかったみたいで、
鳥居ユキさんから直接送られてきた。
うひょー。
リッチな気分だなあ。
おめかしするのは久しぶりなので、
ちょっとうきうき。

でも、化粧品は
どこにいったかな・・・^^;;;
ええと、あれれ、靴もないや・・・ ^^;;;


以上、6日分です。
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のこちゃん