薬局のすすめで、今日から
当帰勺薬散という漢方薬を服用してみることに。
1ヶ月4300円はちょっと高いけど、
飲んでみると、体にやさしくてすごくいい感じがする。
前みたいに元気になれるといいなあ。
ここのとこずっと、
掃除は夜中にやっている気がする。
今宵は、
粉石鹸と、酸素系漂白剤をお湯でこねて、
浴室の壁にぬりぬり。
あまったので、湯桶や椅子もぬりぬり。
ほんとに白くなるのかねえ?
明日の朝が楽しみ楽しみ。
街でときどき会う、あの老婦人。
なんだかいつも、夢を見ているみたい。
家族の寝言に返事するような要領で
お話すればいいのかな。
新しくできた「ユニクロ」に行くついでに、
同じビル内にある有名ショップ「赤ちゃん本舗」にも
足を延ばしてみた。
最寄り駅の階段の上り下りが、
ベビーカーを使ってて
買い物袋を下げてると面倒だ、という理由だけで、
今までのぞいてみたことがなかったのだが・・・
いやはや、ものすごい品揃え!
比べて悪いけど、
サ●ットや●ャスコの「ベビーコーナー」などとは
もーまるでスケールが違う。
さすが問屋。というか、ここまでくるとパラダイス。
こんなのデパートでも見たこともない、というようなものが、
衝撃の値段で、ところせましと並んでいた。
いまさらだけど、私もつい
ベビーカーにつける便利グッズとか
握りやすいスプーンとフォークのセットとかを
夢中になってかごに入れてしまった。
例の漢方はとても体に合うみたいで
今日も元気に過ごすことができた。
体が元気だと
気分も安らかになる。
うーーん、しあわせ。
健康って大事だよな。
倫「ねぇねぇけーしろーくん、しんじてる?
いえすさまのじゅうじか」
恵「おーいぇ」
倫「けーしろーくん、しんじてるって。
すばらしい〜(ぱちぱち)」
恵「ぱちゃぱちゃぱちゃ(ぱちぱち)」
マ「恵嗣郎くんは、
イエス様の十字架、信じてるの?」
恵「ぷっちゃ!(うなずく)」
マ「へえ、信じてるんだぁ」
恵「はじぇじゃ〜・・・。
(ハレルヤー、と
うやうやしく机にひれ伏す)」
マ「じゃあみんなで天国行けるねえ」
あなたのすべての財産と、
すべての産物の初なりとをもって
あなたの主である神をあがめなさい。
アブラハムの信仰を持って、
あなたに与えられているもののうちで、
もっとも美しく、もっとも大切なものを捧げ、
(つまりそれはあなたの「子どもたち」です)
わたしを礼拝するのです。
今がその時。
わたしに近づいてきなさい。
あなたは、そのままでいいのです。
あなたの内にある、
自分ではいかんともしがたい「弱さ」や「醜さ」などが
あなたをわたしへと向かわせるのなら、
それでいいのです。
「十字架を負ってわたしについてきなさい」
とわたしが言ったのは、
まさにそのことなのだから。
あなたの家は、祈りの家と呼ばれる。
あなたとあなたの家は、主に仕える。
イエス・キリストを信じなさい。
そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。
(語られたこと、というより
家族の救い、ということに関して
以前からいただいている約束のみことば。)
静かな岸辺。
1歳半くらいの私が、
父なる神の横で釣りを楽しんでいる。
釣り糸のまわりに魚が寄ってくるのが見える。
私がはしゃいで身を乗り出し、
魚を手づかみにしようと水面を掻き回すと
父が愉快そうに笑って
「おさかなのとりかたを教えてあげようね」
と言う。
そして、私のそばにぐっと近づいて背後に回り、
「おさかなはね、そんなちっちゃい手じゃ、
なかなかとれないんだよ。
もちろん、たまにとれることもあるだろうけどね。
こんなふうにね、糸と針をつかって、えさをつけて
さあおいでおいでってするんだよ。
これさえあれば、簡単なことさ。
いいかい、ほらね・・・」
父が自分の釣り竿を私に持たせると、
またたくまに1ぴき釣れた。
父は糸をたぐりよせ、私の目の前に
元気に跳ね回る獲物をぶらさげてくれた。
「ちゅごいおちゃかなだね〜!」
日に透けて白く光る、小さな平べったい魚。
金魚ほどの大きさのそれを、
父は大喜びで誉めてくれた。
釣りってすごく面白い!
(なあんだ、こんな小さいの、
たった1ぴきでいいんだね、パパ!)
箴言7からの抜粋です。
7:3 それをあなたの指に結び、心の中の板に書き記せ。
7:4 知恵に「あなたはわたしの姉妹」と言い/
分別に「わたしの友」と呼びかけよ。
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知恵と分別の必要性がうたわれています。
「あなたの指に結ぶ」
という表現は、
「指輪」の意味や
「指輪の刻印」のような意味が
ありそうです。
指輪は、
何かを思い出す、
何かに結ばれていることの象徴として
重要な意味があります。
「心の中の板に書き記す」
という言葉は、
結婚誓約書にサインするような
雰囲気があります。
「知恵に、わたしの姉妹と言う」
というのは、ほとんど
「花嫁」として取り扱うというのと
同じ意味だと言われています。
「分別にわたしの友と呼びかける」
というのは、
「保護や助けをを求めることができる友、
身内のもの」
という意味があるので、
「知恵を花嫁のように大事にし、
知恵によって保護を受け、
分別を身につけるように」
という勧めになります。
実は、
箴言7の中心的な主題は、
若者が姦淫の罪に落ちていく状況が
書かれているのです。
そういう状況に陥らないために
必須条件として
「知恵、分別」の必要性が
説かれています。
そう考えると
「指輪」「誓約書」「花嫁」「友」
という言葉が
意味あるものとして見えてきます。
結婚をする前も、してからも
「指輪」「誓約書」「花嫁」「友」
を大事にすることと同様に
「知恵、分別を大事にすること」。
それが欠落すると、
結婚生活は破綻してしまうという
メッセージが書かれているのです。
今日は、
言葉の研究発表みたいな
文章になってしまいました。
祝福を祈ります。
関根一夫
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Kazuo Sekine
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以上、6日分です。
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